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29

3月

2009

twitterは思考を研ぎ澄まさせるか

My Twitter Class of '08, originally uploaded by mallix.

My Twitter Class of '08, originally uploaded by mallix.

 

慎重に、ときどきは、整理、つまり、廃棄にまわすものをつくらなくてはならない。贅肉を落としておかないと、動きがとれなくなるのは人体と同じだ
思考の整理学 (ちくま文庫)

twitterを日常的に使い始めて気付いたのは、僕にとってのtwitterは思考の贅肉を落とす役割を果たしてくれているんじゃないかということ。
一日に何度もポストしているので、慎重でも、ときどきでも、整理しているわけでもないのだけど、とにかくカラダの外に一度出してしまうという意味では"廃棄"という言い方もあながち間違いでもない気がする。
ただ、誰かにとってのゴミが誰かにとっての宝物であることがあるように、僕が"何気なく廃棄したつもりの"つぶやきに反応をしてくれる人がいる。
必ずしも全てが廃棄するつもりじゃなくて、狙ってつぶやくことも多くあるんだけれど、今twitterを日常的に使っている人に、同じような感覚を持っているんじゃないかと思ってる。
僕がこうして、更新を止めていたblogを引っ越しまでして書き始めたのも、日々悶々としていた頭の中をtwitterやクラウドに一度丸投げしてしまうことで、新たなひらめきや出会いが生まれ思考が研ぎすまされた結果。まさしく贅肉が落ち、身動きが取りやすくなったことの表れだと思う。
だから、twitterとこのblogではだいぶ表現・文体が違う。もちろんTPOもあるけれど、twitterでは相当くだけてます。その分、blogはちょっと真面目に書いていこうかと。

ここまで読んでもらって、廃棄とか、贅肉とかいうフレーズに違和感を覚える人は、こちらの引用の方がしっくりくるのかもしれないけど。

発信は、人に向かって伝えたいこと、情報があるから発信している。だれかに対するメールもそうですし、掲示板のレスも、Q&Aの回答も、人気のあるブロガーのブログも発信タイプのコミュニケーションです。
一方、放電とは、なんとなく自分の思っていることや、自分の状況を垂れ流すことによって「誰か気になったら反応してね」というものです。「誰のために」というのが欠落しています。
twitterとかmixiはまさに放電文化ですね。積極的に誰かに向けての情報発信をしていないのです。
放電コミュニケーションの時代 : ロケスタ社長日記

……なんとなく頷けるような、しかし本質的には僕と全然違うことを言ってるんだよなぁ。

twitter:放電
blog:発信

自分の中でここ最近この区別がかなり明確になりつつあって、今後こう使い分けていこうと考えてます。
だけど、twitterの中毒性の高さは本当に異常なので、放電どころか漏電しないようみなさんご注意ください。

たまに漏電しちゃってる僕です。

 

思考の整理学 (ちくま文庫)
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  • 発売元: 筑摩書房
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